ビジネスにおける影響力を高めるために、共通の仮想敵を作ることが効果的だと聞いたことがある方は多いかと思います。例えば、スペシャルティコーヒーを日本に広めた第一人者と言われるブルーボトルコーヒーは、これまで猛威を奮っていたスターバックスに代表される深煎りのシアトル系コーヒーを仮想敵にして、コーヒーフリークたちの心を掴み、一気に市場で存在感を獲得することに成功しましたね。
「敵の敵は味方」であると感じやすい人間心理を理解することで、見込み客の心を掴むことができ、高いエンゲージメントを得ることが可能になります。
あるいは政治の世界でも、反日政策を積極的に採用していた頃の中国は、日本を国民との間の共通の仮想敵にすることで、国家を統治しようと試みていたり、あるいは野党は与党の政策を批判することで、有権者からの支持を集めようとしています。
サッカーの代表戦でも同じことが言えますね。2022年のカタールワールドカップで多くのイタリア人が日本を応援していたと言われています。イタリアはサッカー大国でありながら、ワールドカップ出場を逃し、日本の対戦国はイタリアのライバルであるドイツとスペインでした。(ドイツがイタリアにとって「負けてほしい国」であることは歴史的にも明白なわけで)
日本の対戦国であるドイツもスペインもイタリアにとっては「敵」になるわけなので、一時的ではあるものの、日本とイタリアはカタールワールドカップの最中に強い絆で結ばれることになったのです。
見込み顧客の心を掴んで、自社商品の売上を伸ばすために、この「共通の仮想敵」の考え方を採用する事業者はとても多いですが、取り扱いに注意しなければ、顧客や市場からの信頼を失い、大きな痛手を被ることにもなりかねません。
そしてSNSで情報発信する人が増え、インプレッションを集めるために過激な言動を取ることが習慣化されてしまった人も多くなったことで、仮想敵の罠に陥る人もすごく増えてしまっているなと感じます。
今回の記事では、個人のスモールビジネスにおける「共通の仮想敵の取扱方法」について解説していきます。ぜひ健全に売上を伸ばしていくための考え方として参考にしてもらえたら嬉しいです。
仮想敵マーケティングの落とし穴
「敵の敵は味方」理論によって、見込み客との間に共通の仮想敵を作ることで、見込み客からのエンゲージメントが高まりやすく最終的に成約率も向上しやすくなるということは、既に説明しました。
ただ、注意点が2つあります。
- 実在する人物(本当の競合となりうるブランド)を批判しない
- 顧客自身の人生(あるいは過去)を批判しない
まず前者ですが、もちろん実際の固有名詞を出して競合となりうる人物や企業、商品を批判する人はいないと思います。過去にバーガーキングがマクドナルドを煽るような広告を出して話題になったことがありましたが、あれは双方合意の上でのエンターテインメントですよね。
実際にビジネスを立ち上げて動かしていく際には、頭の中に具体的な「仮想敵」が存在しているはずです。市場の中で顧客から選ばれる存在になるということは、競合ではなく自分を選んでもらう意識が不可欠です。従って、競合の欠点や弱点を意識した立ち回りをしたり、競合が打ち出しているメッセージを否定するようなメッセージを市場に届けることもあるでしょう。
実際に僕も特定の市場に参入する時は、まず競合をリサーチすることから始めます。頭の中には常に具体的な固有名詞を用いた形で仮想敵を描いていますし、「彼らではなく自分が選ばれる理由」をアウトプットするように心がけています。
こちらの記事で書いているように、例えばオンラインビジネス系の発信をする際には、ギラギラしていて、どこからどう見てもアンダーグラウンドな雰囲気を漂わせている、『闇金ウシジマくん』のフリーエージェントくん編に出てくるような人たちを仮想敵にして、四角大輔さんや安藤美冬さんのようなデジタルなノマドワーカーの文脈で勝負することを決めたのです。
あるいは僕は今、コーヒーの焙煎にハマっています。自宅で片手鍋を使って生豆を焙煎して、毎日自分で焙煎したコーヒーを飲んでいるのですが、外出先で飲むコーヒーがあまり自分の好みに合わなかったのがキッカケでした。冒頭でもお伝えしたように、最近のカフェ文化では浅煎りのスペシャルティコーヒーが主流となっています。アメリカンダイナーやレトロな喫茶店で出てくるような炭っぽい深煎りのコーヒーが好きな僕にとって、満足するコーヒーに外出先でありつける確率が極めて低いのです。
だったら、自分の好きなコーヒーを家で焙煎して飲んだ方がいいよねということで、自宅で焙煎をしています。もし僕がカフェや珈琲豆の販売をするのであれば、浅煎りブームが仮想敵になるでしょう。
ただ、実際の店舗名だったり個人名だったり、あるいは商品名をあげて「あいつはここがダメだ」とか「あの商品のここが終わってる」なんて発信をしていたら、どうでしょうか。情報を受け取る側からすると、シンプルに怖いですし、嫌な感じがしますよね。また器の小ささも感じられてしまうでしょうし「この人の発信を積極的に受け取りたい」とはなかなか思えません。ましてや「この人にもっと近づきたい」とか「この人を推したい」「この人から商品やサービスを買いたい」とは思ってもらえません。
それに特定の誰かを批判するような発信をして、そこに共感する人を集めてくることができたとして、果たして本当に「良いお客さん」が集まってくるでしょうか。きっと、それで集まってくるのは、他者を批判することが大好きな他責思考の人ばかり。彼らからの支持を一瞬得ることができたとしても、いつ自分に矛先が向くかわかったものではありません。
だから、基本的には個人が特定できる形で誰かを批判するべきではないのです。
固有名詞を出さなくても、個人が特定されてしまうようでは同様にNGです。例えば、金髪のサッカー選手とか、国民的アイドルグループとか、お面をつけているマーケターとか、赤いハンバーガーチェーンとか、特定の文脈の中で使われたときに、誰だかすぐにわかってしまうような発言は、それはもう個人名を言っているのと同じですからね。
ファストフード全体を仮想敵にするとか、あるいは、顔と名前を出していない起業コンサルタントを否定するとか、それくらいのレベルであれば、より対象が広く大きくなって、自分自身の持っている思想の裏返しになるので、ブランディング次第では問題なくなりますが。特定の個人が分かるような発信は極力避けた方がいいでしょう。
また顧客の人生を否定しないのも、意外と盲点ですが重要です。ビジネスにおけるセールスの一般的な流れって、
- 顧客の悩みや不安や問題を指摘
- 共感を集める
- その問題が続いた先の未来を提示
- その問題を解決した後の未来を提示
- 何が問題解決の妨げになっているかを提示
- 具体的な問題解決方法の提案
という順序になっていることが多いですが、問題を指摘するフェーズや、問題解決を妨げるものを提示するフェーズで、責任の所在を見込み客に押し付けてしまったり、あるいは見込み客の人生そのものを否定してしまっているケースってかなり多いように感じます。
当たり前のことですが、自分自身あるいは自分自身の辿ってきた過去、自分自身の家族とか大切な人を否定されて平気な人なんかいません。たとえ「社会のレールからはみ出して生きていきたい」と思っている人でも「学歴なんかクソだ」とか言われたら、普通はいい気なんかしないですよね。でも、実際にそれをやってしまっている人はたくさんいるんです。とにかく過激で強い言葉を使わなくちゃ。自分のポジションを明確にしなくちゃ。そういう思いから、必要以上に棘のある誰かを傷つけるような言葉を吐いてしまう人はたくさんいます。
そして、その言葉は自分の意図しないところで、大切な顧客を傷つけている可能性があるのです。
昔たまたま入ったカフェでメニューを開いたら「あなたが今まで食べていたパンケーキは本当のパンケーキではない」と書かれていました。その店は相当パンケーキに自信があったのでしょう。でも、今まで食べてきたパンケーキを否定されるのは、なんだか時間やお金を無駄にしてると言われてる気がするし、何なら自分の味覚を否定されているようで決して気持ちの良いものではありません。お店側のやりたいことはわかるんだけど、もう少し良いやり方があったんじゃないかなぁと思います。
そもそも過剰に敵を作るべきではない
おそらく「敵」という文字に問題があるのだと思います。色んなマーケティング関連の書籍や記事において「共通の仮想敵を作ろう!」という教えが登場しますが、そもそも重要なことは「自分の独自のポジションを作ること」であって、誰かを敵対視したり、煽ったり批判したりすることがポイントではありません。
むしろ、情報発信をして健全に売上を高めて、理想的なお客さんから愛されるブランドを作ろうと思ったら、強い言葉で煽ったり、誰かを否定したりすることは、やらない方がいいのは当たり前でですよね。
例え固有名詞を出さなくても、誰のことを言っているか分からなくても、強い言葉で何かを否定したならば、必ず反動がやってきます。
狂信的な組織を作る際によく用いられる手法ですが、仮想敵を作って強い言葉で非難すれば、身内の結束は強化されるという考え方もあります。ビジネスにおいては「身内=理念を共にしたお客様」と定義づけることができるため、身内に嫌われなければ、外部にどれだけ嫌われても構わないと考えるのも理にかなっているように思えます。
ただ、そういう盲目的なコミュニティ形成はいつか自然に崩壊することは歴史が証明しています。
強い言葉で他者を否定するリーダーに対しては、否定の対象でもなんでもない、いわゆる身内の人であったとしても「もしかして、これは自分のことを言われているのではないか…?」とか「いつか、その矛先が自分に向くかもしれない…」と不安に感じるものです。そして、その不安が不信へと変わっていきます。
僕もSNSで相互に繋がっている人には、常に何かに怒っている人や、誰かに対して否定的な投稿をする人(個人名や固有名詞を出していない、悟られないようにしているけど)がいます。彼らとは普通に仲良くさせていただいていますし、SNS上でのやり取りを見ている限りだと、僕に対して比較的ポジティブな印象を持ってくれているような感じはします。
でも、やっぱり普段からあちこちに噛みついている様子を見ていると「この人と深く関わるのは怖いしリスキーだな」と思えてしまうんですよね。「本当は自分のことをどう思っているんだろう…」と不安にもなります。
それに共通の仮想敵を作りまくって、誰かを否定したり噛みついている人に対しては、「大丈夫かな」とか「メンタルが不健康なんじゃないかな」とか「自分に自信がないのかな」と、それだけでネガティブな印象を持つ人も多いので、ビジネス上の情報発信をする上で、不必要に敵を増やす立ち回りをする意味ってあまりないんじゃないかなと考えられます。
何かを否定すると、選択肢が1つ減る
経営者界隈でサウナが流行り始めて久しいですが、自分がサウナに行ったことがないからといってサウナを否定してしまうと、なかなかサウナに行きづらくなりますよね。サウナ程度であれば、そこまで大した問題にならないかもしれませんが、自分のビジネスにおいて仮想敵を作るのであれば、ビジネスの手法であったり、考え方だったり、ノウハウに言及することが多くなります。
つまり自分の商品の優位性だったり、自分のノウハウの魅力を語るために、ライバルの商品の機能面やプッシュしているポイント、ノウハウを否定する傾向に陥るわけです。
「集客」で例を出してみます。例えば、あなたが「SNS集客」のノウハウを販売したいからといって、その競合となりうる他の集客方法を否定してしまうと、その集客方法をあなた自身が実践しにくくなるでしょう。それこそ「広告集客はダメ!」と言ってしまったら、仮にSNSの調子が悪くなった後に、広告集客を取り入れることは難しくなりますよね。
それに「集客を教える人」とか「マーケティングのコンサルタント」として活動する場合、普通に考えたら、手数はたくさんあるに越したことはないじゃないですか。SNS集客だけじゃなくて、広告集客も、YouTube集客も、SEO集客も、ありとあらゆる集客ができた方がいいに決まってます。お客さんの属性だったり業種だったり、性格や特徴や状況ごとに、最適な集客方法なんてケースバイケースで変わるわけですから。
それに特定の何か手法を安直に否定するのは、時に自分の実力や知識が不足していることを自らひけらかすことになりかねないので、やはり慎重になる必要があります。以前インスタグラムを見ていたら「広告集客で集まった人はイマイチだったけど、インスタ集客に変えてから属性がすごく良くなった」という声を見かけました。
確かにインスタグラム経由で集客する方が一人一人の読者とのコミュニケーションが生まれるので、オプトイン前から濃い関係性を構築することができ、俗にいう「質が良い集客」ができる可能性が高まるかもしれません。ただ、それで広告集客を否定してしまうのは、単に自分自身に広告集客で属性の良い顧客を集めるスキルや力が欠けていることを示しているだけなんですよね。クリエイティブにも、LPにも、あるいはその後の導線設計にも問題があったのでしょう。
ということで、自分の実践している手法や得意な手法をアピールするために、その代案になりうる選択肢を否定したがる人も少なくないですが、何かを否定するたびに、自分の選択肢が1つずつ減っていくことは頭に入れておいた方がいいですよね。
途中で意見をコロコロ変えると信頼を失う
もちろん人間ですから、途中で意見が変わることもあります。意見を途中で変えることに不寛容な風潮もどうかと思いますし、特に変化の激しいビジネスの世界では、意見なんか時代の変化に伴って変わって当然だという主張も、もっともだと思います。
ただ、あまりにもコロコロと意見を変える人は、シンプルに信頼を失いやすいので注意が必要です。
以前、こんなことがありました。自分の時間が持てないと疲弊しているコーチ・コンサルタント向けに「自分のノウハウをデジタルコンテンツにして販売しよう」というゴールを達成するオンライン講座を購入したのですが、それから1ヶ月ほど経ったら、その販売者から「自分でサポートをしないデジタルコンテンツなんて販売したらダメだ!フルでサポートするコンサルティング一択!私は間違っていた!」といった内容のメルマガが届いたのです。
信じられない話かもしれませんが、凄腕のマーケターと見なされているような人でも、こういうことをしてしまうケースはたくさんあります。自分の考えが途中で変わるだけなら誰にも迷惑をかけませんが、自分のビジネス領域に関して、特定の手法を肯定し、その他の手法を否定するようなことを行なっていると、途中で意見の変更が効かなくなります。
そして意見を途中で変更してしまった時に、過去の自分の行いを否定することになりかねず、過去の購入者に対して不義理を働いてしまう恐れがあるのです。3年後とかならまだしも、1ヶ月後は流石にちょっとないですよね…(笑)
と、開いた口が塞がらなくなってしまったエピソードですが、ビジネスにおいて発信活動していく場合は、それだけ自分の発した言葉に対して責任を持たなくてはいけないし、意見をコロコロ変えると、一度築き上げた信頼を失ってしまう可能性があります。
だからこそ、あらゆる選択肢を肯定しておくことは、つまり「余白を持つこと」は重要なんだと僕は思います。他の選択肢を排除して、1つの選択肢を肯定する方が「売れる」という意味では簡単かもしれませんが、よほど自分の信念に基づくことでない限りは、安易にノウハウや思想や価値観の否定はしない方がいいですね。
仮想敵は心の中に留めておけばいい
それでは、共通の仮想敵をマーケティング的に活用する時に、どのようにすればいいのでしょうか。僕が考える、最も優れたやり方は「仮想敵の存在を表に出さずに、自分たちのコンセプトの影として扱う」ことです。
それを上手くやっているのは、ブランディング的に過激なことがあまりできない大手の企業です。
例えば、こちらはNintendo SwitchのCMですが「ゲームは明るいリビングで、家族とのコミュニケーションを促進するもの」というメッセージが込められています。
では、そのNintendoのメッセージが光だとすると、影は何になるでしょうか。「夜な夜な夜ふかしをして、ゲームの中でしか体験できないような異世界に没入するもの」という、長らくPlayStationが得意としてきた世界観になります。
そんなPS5のCMがこちらです。
Nintendo SwitchのCMと比べても、刺激的でチカチカしてアップテンポで、全体的に夜っぽい感じがしますよね。そして現実世界とは乖離した、ゲームの中の世界に浸る感覚も感じられるはずです。
NintendoのCMもPlayStationのCMも、それぞれを否定しあったりはしていません。ただ、アットホームで牧歌的なNintendoに対して、PlayStationは刺激的で射倖心に訴えかけるような世界観を持っていて、双方が真逆のテイストを貫いています。
このように、市場における仮想敵を見つけたら、その仮想敵の市場でのムーブをしっかりとキャッチした上で、真逆の相反する世界観やメッセージを打ち出していくのが、最もスマートな仮想敵の作り方ではないでしょうか。
モスバーガーと聞くと「ヘルシー、野菜、ライスバーガー」というイメージを持つ人はきっと多いはずです。でも、モスバーガーにも普通の肉肉しいハンバーガーはちゃんとあります。ただマクドナルドといった市場の王者を仮想敵にして、あえて真逆のポジションであることが顧客に明確に伝わるような打ち出し方をすることで、長年顧客を獲得し続けることができたとも言えるでしょう。
仮想敵は声を大にして否定するものではなく、自分の打ち出し方や魅せ方を明確にするための「影」のようなものだと捉えることで、無理のない形で仮想敵を活かしたビジネスの伸ばし方を実現できるのです。
過去の自分自身を仮想敵にする
ビジネスの現場では多かれ少なかれ「顧客に成功ストーリーを売る」ことが一般的ですよね。つまり、元々はこんな悩みを抱えていたけど、こんな手法に出会うことで、こんな風に成功できたというストーリーに沿って、悩みを抱えている過去から、それが解消された未来に向かうための移動手段を商品として販売するという流れです。
これを活用して「過去の自分自身」を仮想敵にすることで、自然と見込み顧客の感情を動かす情報発信ができるようになります。
残酷な真実かもしれませんが「個人の成功」という最小単位での話であれば、大抵の場合、人生が上手くいっていない原因は、その人自身にあることがほとんどです。行動ができない、リスクを取れない、不平不満ばかりであらゆる事柄の良い部分に目を向けようとしない、継続ができない、人のアドバイスを受け入れることができない、逆に常に人の言いなりになってしまう…などなど。
だからこそ「継続できない人は成功できない」とか「不平不満ばかりで自ら行動を起こさない人はダメだ」といった発信をしたがる人は多いのですが、それをストレートにやってしまうと「顧客の人生を否定する」ことになりかねず、ややリスクがあります。
もちろん、主体的な問題意識を持っている人に対して「あなた自身に問題がある」と伝えることは、信頼を獲得するために非常に効果的です。更に主体性のある顧客だけをスクリーニングできる効果もあるので、戦略や狙い次第では効果的な手になり得ます。
つまり「誰を集めたいか」によって考え方が変わるところでもありますが、いずれにしても、信頼関係ができていない段階でいきなり相手自身を否定するようなことをわざわざ伝えるメリットは大きくないでしょう。
これを「過去の自分は継続力が無さすぎてダメダメだった」とか「昔は居酒屋で上司や会社の愚痴ばかり言っているくせに、自ら行動を起こすこともなくて、今思えばすごく嫌なヤツだった」といったように、過去の自分のストーリーとして語ってあげて、過去の自分を共通の敵にすることで、自然と伝えたいメッセージに肯定的なリアクションをとってもらうことが可能になります。
思えば、特に欧米圏の著名な自己啓発本はストーリー形式で語られているものばかりですよね。
『金持ち父さん、貧乏父さん』、『週4時間だけ働く』、『自分の小さな箱から脱出する方法』、あとは日本のものですが『嫌われる勇気』なんかもそうですね。『金持ち父さん、貧乏父さん』や『嫌われる勇気』は対比の技法を用いられていますが、『嫌われる勇気』の青年に対してイライラした読者もきっと多いはずです。
Googleのサジェストもこんな感じに…(笑)
もし、これが「あなたはこんな考え方をしているから成功できないんですよ」というメッセージの伝え方になっていたら、果たしてどうなっていたか。考えるだけで恐ろしくなります。
特に自己啓発やコーチング、コンサルティングのような「顧客を導く」ことに価値を設けるビジネスモデルの場合は、このように顧客自身を批判してしまう可能性を孕んでいます。ぜひ「過去の自分自身を共通の仮想敵にする」というテクニックも活用してみてください。
目に見えない大きなものを仮想敵にする
共通の仮想敵を用いてマーケティングを成功させる3つ目の考え方が「目には見えない大きなものを仮想的にすること」です。例え個人が特定されないような表現であったとしても、個人に対する攻撃や批判はしない方がいいと言いましたが、もっと大きな組織や業界、あるいは思想や常識、社会システムのような目に見えない概念に対して反発するのは非常に大きな効果が期待できます。
目に見えない巨大な敵と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
例えば、国や政府といった組織が思いつくかもしれません。あるいは教育制度や法律をイメージする人もいるかもしれないし、資本主義や能力第一主義のような思想になるかもしれません。いじめや貧困問題、差別のような社会問題をイメージする人もいるかもしれませんね。
2023年に『冒険の書』という書籍が大きな話題になりました。AI時代のアンラーニングについて語られたこの本は「学校教育」というシステムに対する問題提起が出発点となった名著です。「学校に行きたくない」とか「今のままの教育制度で本当に子どもたちのためになるの?」という不満や疑問は誰もが抱いたことがあると思いますが、そういった国民の暗黙知を代弁しながら、巨大なシステムに立ち向かう著者の姿勢に痛快さを感じた読者もきっと多いはずです。
心理学用語で「アンダードッグ効果」、日本語だと判官贔屓と言ったりしますが、強者と弱者が相対した時に弱者を応援する人は非常に多いものです。歴史上の偉人でも、源頼朝より源義経、大久保利通や桂小五郎よりも新撰組や坂本龍馬が好きな人が多いのも、その一例と考えて良いでしょう。
僕であれば、1週間のうち5日間、9時から5時まで(あるいはもっと)働かなくてはいけないという風潮だったり、良い学校に行き、良い会社に入れば、良い人生が手に入るという「社会のレール」信仰だったり、あるいはSNSで品のない言葉を吐き出して大衆からのリアクションを集めようとするエセ・インフルエンサーのような方々を仮想敵にしているかもしれません。
僕がこうして1万文字以上の長文をブログというオールドファッションでトラディショナルなメディアに書き連ねているのも、そうした仮想敵と位置付けている人たちへの小さな反抗心によるものかもしれません。実際に僕のお客さんになってくれる方々と話していると「あなたのスタイルが気に入ったから」と言ってくださることが多く、僕のやってきたことは間違いじゃなかったんだなとありがたい気持ちになります。
仮想敵マーケティングを成功させるためのトレーニング
共通の仮想敵を作りつつも、特定の個人を否定していると見なされないようにするのは、言葉で伝えるほど簡単なことではありません。慣れないうちは不自然になってしまったり、あるいはそもそも仮想敵の存在を発見できないかもしれませんね。
ただ自分のポジションやメッセージが明確になればなるほど、普通は仮想敵の存在が浮かび上がってくるものです。光が強烈になれば、自ずと影が色濃くなってくるのと同じですね。
仮想敵マーケティングを成功させるためのトレーニングとしておすすめなのが次の2つです。
- 自分の好きなことや専門分野の仮想敵を考える
- 市場に対して顧客が抱いている不満を予想する
- 成功しているビジネスの仮想敵を考える
例えば、僕はサッカーが好きですが、サッカーにおける共通の仮想敵は何でしょうか。「野球」や「ラグビー」を思い浮かべる人は多いかもしれません。もちろん、それも1つの正解です。あるいはスポーツを過剰にビジネス化してつまらなくしているとしてFIFAや広告代理店を挙げる人もいるかもしれません。それも正解です。あるいは日本のサッカーが強くならないのは、欧米と比べて芝生のグラウンドが少ないことが原因と考えている人は、行政を共通の敵と見なすかもしれませんね。
このように1つのトピックを取り上げてみても、視点を変えることで、様々な敵の姿が浮かび上がってきますよね。また忘れてはいけないのは、あくまで「共通の敵」であるということ。共通というのは、誰と誰の間の話なのかというと、当然あなたと顧客との間ですよね。だから顧客が敵だと考えているものを特定することで、あなたもそれを敵視することで、顧客が欲しがる商品やサービスを作り上げることができるようになります。
もちろん、すでに成功しているビジネスの仮想敵を考えてみるのも効果絶大です。近年大人気のグランピングは、準備や片付けの面倒さや、なんとなく不潔な感じがするというキャンプへの懸念点を仮想敵にしたことで、あれだけの人気アクティビティになりました。
仮想敵マーケティングを使いこなせるようになれば、あなたのビジネスの可能性は今まで以上に拡大していきます。ただ、それは「上手くコントロールできた場合」に限ります。ぜひ、この記事でお伝えした取説を活用していただき、見込み顧客の心理にポジティブな変化を及ぼせるような情報発信を進めていってくださいね。